彼のために祈りましょう

電車で混雑しているなか、立って本を読んでいた。片手でつり革を掴んでいたのだけれど、途中の駅で背の高いスーツ姿の男が乗って来た。
私の背後を通り、車両の奥に行こうとしたのだが、私が少し邪魔だったらしく、手で私を横に押しのけ通って行った。指先四本くらいで汚いものを脇へどかせるかのように。
その間、ヘッドホンをしたまま無言で。私は十センチほど前へ出ただけで彼は通れたので、そんなに完全に邪魔になっていたわけではないし、彼に気がつき、自ら道を明けようとした矢先だった。大抵の人なら、「すみません」の一言をかけ、手で道を作るようにしぐさをするだけで、開けてもらうのを待つものだが、彼には私が人間であると言う感覚がないのだろうか?
誰も座っていないが、ゴミが於かれたままの優先座席の前に立った彼は、思いつめたような表情で、車外を見つめていた。その眼の焦点は定まっていないようだった。
勝手な推測だが、幼い頃から勉強、勉強で人間らしい情緒を教わらず、社会に出て職場で様々な人間関係のプレッシャーに責められて、疲れ果てているのではないかと感じてしまった。
彼に心の余裕が出来、他人を尊重する余裕が出来ますように。